依頼者が語る山添拓
過労死事件の依頼者

相手側にはっきりものを言い、
私達にもわかりやすく丁寧に説明してくれる先生

私の夫は2010年12月8日、日本郵便さいたま新都心郵便局の4階から自分から落ちて亡くなりました。小学生の子供3人を残してのことでした。夫は20年以上小さな郵便局で働いていましたが2006年5月に新都心へ異動となりました。新都心は巨大なモデル局でパワハラやノルマが厳しく、異動して辞めていく人が多いため夫も「一番行きたくない所」と言っていました。それでも、何とか慣れようと努力していました。
しかし、年齢大規模な局、ノルマや時間の管理、人間関係の希薄さなど余りにも前の局との違いに疲れ切っているようでした。本来明るく健康な夫が4年の間に3回も病気休暇をとる状況になってしまいました。「とにかくきつい。上からミスるな!事故るな!残業するな!と言われて毎日頭の禿げる思いだ」と言っていました。自分の能力に合った所に転勤したいと何度も上司に訴えていました。しかし、会社は何の対応もせず夫は亡くなりました。

私は仕事が原因だと思い早い段階で現在も支援をしてくれるユニオンに相談をしました。すぐに弁護士とも会いましたが、家族のために頑張って働いてくれた夫の粗探しのような言動に酷く傷つきました。諦めかけていた時に山添先生を紹介してくれました。最初の印象はとにかく若い!でした。しかし、少ない情報から沢山の可能性を引き出し広げてくれました。2013年に提訴しましたが、若くても相手側にはっきりものを言い、私達にも分かりやすく丁寧に説明してくれる頼もしい先生です。一生懸命やってくださりとても感謝しています。

依頼者が語る山添拓