依頼者が語る山添拓
痴漢冤罪事件の依頼者

冤罪で苦しんでいた私を助けてくれたように、
国政の場で多くの人たちを助ける奮闘をしてほしい

「山添弁護士の強さと優しさを知っている私は、冤罪で苦しんでいた私を法廷で助けてくれたように、今度は国政の場で、苦しんでいる多くの人たちを助ける奮闘をして欲しい」

2012年の11月の夜、私は乗っていた埼京線の電車内で、近くにいた女子高校生にいきなり「テメェふざけんじゃねえ」といいながら胸ぐらをつかまれました。そうして、私はやってもいない痴漢行為の犯人と決めつけられ、そのまま赤羽警察に逮捕・勾留されてしまいました。

その翌朝すぐに赤羽警察にかけつけてくださったのが、山添拓弁護士でした。
山添拓弁護士は、接見室で私から前日の出来事を丁寧に聞きとったうえで、初対面の私のことを信じ、励ましの言葉を残していきました。2012年の11月29日のことです。
そこから始まり、東京高裁で、一審有罪判決を破棄した逆転無罪判決を勝ちとるまでの2年4ヶ月、私の冤罪との闘いは常に山添弁護士とともにありました。

28日間の拘留中、私が最後まで黙秘を続けることができたのも、山添弁護士が12回、坂本雅弥弁護士が3回も赤羽警察まで来てくれたからです。
おかげで警察では、当初から乱暴な取り調べもなく、勾留も後半になると「どうせあなたは何もしゃべらないんでしょ」と相手から切り出してきて、10分とかからずに取り調べも終わるようになり、山添弁護士の警察への申し入れと度重なる接見がどれだけ強く警察の取り調べでの暴走に対する歯止めになっているかを実感しました。

東京地裁での公判に向けての、実際の埼京線の車両を使った現場検証、マネキンを使った再現実験、また、東京高裁での逆転無罪判決への重要な力となった、専門家による車内ビデオの難解な画像解析なども、ひとつひとつ、私にも、裁判官にも理解しやすいように、連日深夜までかけて証拠としてまとめ上げてくださったのも山添弁護士です。
結果、高裁での証人尋問では、被害者というその女性が「検察官の書いた私の供述調書は間違っています」と言い切り、最終弁論では、検察官自らが「捜査での検察官の調書作成には誤りがあった」と述べるまでに至りました。
そうして、裁判官(裁判長?)の私への判決理由の中には、「被害者」、赤羽警察、検察官それぞれへの批判を明確に文字として書き込んでもらうことができました。

山添弁護士は、私を支援してくれた団体の開く事件についての学習会の講師なども、いつも進んで引き受けてくださいました。つねにおだやかで、決して偉ぶることのない彼の人柄に、私も私を支援してくれた人たちも、日を追うごとにその信頼を深めていきました。
一審で有罪判決を出された後に行われたある学習会では、参加者から山添弁護士に対し、「もっと堂々として押し出しの強い、いかにも貫禄を感じさせるような弁護士でなければ、裁判に勝てないのではないか」という質問が飛び出しました。
山添弁護士はそこでも、おだやかに、そしてきっぱりと、「弁護で大事なのは正確かつ的確に真実を明らかにすることであり、この事件では、主任である自分の他にもベテラン・中堅というべき二人の同僚弁護士とともに3人で弁護にあたっている。弁護団3人の知恵と経験と持ち味を尽くして全力で闘っている。しかしこれからも、力不足などがないようにさらにチームワークを強め力を合わせて頑張っていく」と答えました。
その言葉は、質問した人へ向けたものでしたが、事件の当事者である私にとってこれほど心強い励ましはないと、勇気百倍の気持ちで聞きました。
裁判での逆転無罪判決は、私への濡れ衣を返上するのみならず、決して派手な言動をとることのない山添弁護士の、あのスマートな体の内にあるねばり強さと本当の力をしめすものだと私は思っています。
裁判を傍聴した私の支援者は、山添弁護士の理路整然とした堂々とした弁述に驚かされたと、口々に言っています。
2年以上にわたって接する機会を得た私は、日頃の山添弁護士のおだやかな人柄と法廷で裁判官や検察官に見せる力強い態度とは表裏一体だということ、それは、苦境にある人や社会的な弱者、そして国民一般への心からの共感によるものだと肌身にしみて感じています。
以前の私は、法律家ときくと自分とはどこか縁遠い人たちだと偏見をもっていましたが、山添弁護士と間近に接する中で、ご本人は口に出さないけれども、困っている人たちを助けたいという正義感と温かさをエネルギーにして日々頑張っているのだとわかり、今では、弁護士である方たちを、怖がる必要のない温かな情熱をもった優しい人たちなのだと感じるようになりました。

山添弁護士の強さと優しさを知っている私や私の家族は、冤罪で苦しんでいた私を法廷で助けてくれたように、今度は国政の場で、苦しんでいる多くの人たちを助ける奮闘をして欲しい、そう願っています。そして私は今、ことある度に、こうした自分の経験を話しています。

依頼者が語る山添拓